公式発表:何が起きたのか
2026年3月25日18時、ソニー・ホンダモビリティ(SHM)は公式サイトに短い声明を掲載した。
「これまで開発を進めていた第1弾モデル『AFEELA 1』および第2弾モデルの開発と発売を中止することを決定しました」
ホンダとソニーもそれぞれ同日、公式ニュースリリースで同一の事実を確認した。
3社の公式声明が一致して示す中止の理由は一点だ。
「2026年3月12日に発表されたHondaの四輪電動化戦略の見直しに伴い、当初の事業計画策定時にHondaからの提供を前提としていた技術やアセットの活用が困難な状況となった」(SHM公式)
財務的影響についてホンダは「今期通期連結業績予想への影響は軽微」と述べ、ソニーは「一定の影響がある」と表現した。米国カリフォルニア州の予約顧客に対する予約金の全額返金手続きは即日開始された。
背景の全体像:3月12日からの「ドミノ」
今回の中止を理解するには、3月12日に遡る必要がある。
その日ホンダは、Honda 0シリーズのセダン・SUV・アキュラRSXという3車種の開発中止と、EV関連資産の除却・減損1.3兆円(最大2.5兆円規模)の損失計上を発表した。ホンダが上場以来初の最終赤字に転落するという衝撃的な内容だった。
アフィーラ1はこのHonda 0シリーズと同じオハイオ州の工場群(イーストリバティ工場)で生産される計画だった。SHMはすでにイーストリバティで試験生産を完了し、2026年内のカリフォルニア州での納車開始に向けた最終段階にあった。ホンダが自社の3車種を切ったことで、共有していたプラットフォーム・技術・生産設備という前提が崩れた。
3月12日から13日間、SHMは「通常通り運営中」と言い続け、3月21日にはカリフォルニア州トーランスでスタジオ&デリバリーハブのグランドオープンさえ実施した。だが13日後の今日、全消滅が確定した。
CES 2026から2ヶ月で消えた夢
今から約2ヶ月前の2026年1月、ラスベガスのCES 2026でSHMはAFEELA 1のプリプロダクションモデルを披露し、さらに第2弾となるSUVプロトタイプ「AFEELA Prototype 2026」の開発開始を高らかに発表した。会場にはホンダ経営陣も出席し、発売へのカウントダウンを演じていた。
その2ヶ月後に全てが白紙に戻った。
予定されていたスペックと価格を振り返ると、失われたものの大きさが分かる。AFEELA 1のベースモデル「Origin」は8万9,900ドル(約1,400万円)、上位モデル「Signature」は10万2,900ドル(約1,600万円)。ソニーのAIと車載エンターテインメント技術、ホンダの車体設計を統合した「テスラに対抗する日本連合」として、業界とメディアの期待を集めていた。日本では2027年前半の発売が予告されていた。
海外メディアの評価:「ゴングを聞けずに終わった」
国際的なメディアの見方は厳しい。
Bloombergは「第1・第2世代EVの開発棚上げと合弁の再評価」と端的に報じた。CNBCは「ホンダの戦略修正によりSHMが市場投入への実行可能な道を失った」と分析した。
東洋経済オンラインは「ソニーとホンダという昭和の日本を代表する2大ベンチャーのタッグは、試合開始のゴングを聞くことができなかった」と表現。The Driveはホンダの3月12日発表直後の段階で「SHMは情報がない状態にあり、これは最悪の局面だ」と指摘していた。
Autoblogは具体的な技術的疑問を呈している。「AFEELA 1の急速充電は150kWにとどまり、推定400Vアーキテクチャと見られる。一方でHonda 0シリーズは15〜80%充電を15分で実現するという800V仕様を謳っていた。9万ドルのセダンになぜ遅い充電規格を採用するのか」——プラットフォームの共通性への疑義と同時に、技術的水準の低さを示す問いだ。
electrive.comは中国のシャオミ(小米)との比較でこう締めた。「シャオミはEV開発を迅速に進め、競争力ある価格で量産を立ち上げた。ソニー・ホンダは全てを失い、時代遅れのスペックのBEVプラットフォームだけが残った。アップルがApple Carをやめたのは正しい判断だったかもしれない」。
何がどう失われたのか——多角的な分析
ホンダにとって
ホンダはEV戦略に10兆円を投じると2024年に宣言し、すでに3.5兆円を支出した。3月12日の撤退発表で1.3兆円〜最大2.5兆円の損失計上が確定した。AFEELA中止の直接的な財務影響は「軽微」とするが、ブランドへのダメージは計り知れない。
ホンダが直面した壁は、自社内部の競争力の欠如だ。Honda 0撤退発表でホンダの幹部は「価格対価値で新興EVメーカーに勝てなかった」と明言している。技術・スピード・コストのすべてでBYDや小米に後れを取った結果だ。
ソニーにとって
ソニーは車両製造を持たない企業として、ホンダへの技術・アセット依存を前提にSHMを設計した。その依存が今回の命取りになった。ソニーは「一定の影響がある」と述べるにとどまり、詳細は精査中だ。一方で、ソニーが積み上げてきた車載AIやエンターテインメント技術、自動運転ソフトウェアへの投資が必ずしも無駄に終わるとは限らず、別の形での活用が模索される可能性はある。
合弁モデルの構造的な問題
今回の最大の教訓は「ハードウェアを担う側が撤退すれば、ソフトウェアを担う側も道連れになる」という合弁モデルの構造的脆弱性だ。一方が前提を変えた瞬間に、JV全体が崩壊する。これはアップルがApple Carプロジェクトを断念した経緯とも重なる構図だ。
世界のEV業界の文脈で読む
今回の中止は孤立した出来事ではない。
ホンダのHV回帰、メルセデスのEV目標下方修正、フォードのEV事業分離、GMのUltiumプラットフォーム見直し——欧米の従来型メーカーがEVの難しさを痛感している構図が続く。
その一方でBYDは2025年にBEV年間販売でテスラを上回り、小米は黒字化を達成した。テスラはEV販売を縮小しながらもAI・ロボット事業への転換を進めている。「EVを作る」競争はすでに終わりつつあり、「どの文脈でEVを作るか」「EVの先に何を持っているか」が問われる段階に入っている。
ソニー・ホンダのアフィーラは、この問いに答えられないまま終わった。
4台のEVオーナーとして:期待はすでに萎んでいた
Tesla Model 3・Model Y・KONA Electric・日産サクラの4台を所有する立場から、率直に言う。
アフィーラへの期待は、すでに萎んでいた。
3年前に発売されていれば話は違ったかもしれない。ソニーのAIやエンターテインメント技術を車載プラットフォームに統合するコンセプトには独自性があり、「PS5と繋がる車」という語り口には一定の訴求力があった。
しかし今となっては、その光はとっくに色褪せていた。
まず性能の問題だ。AFEELA 1の急速充電は150kW・推定400Vアーキテクチャにとどまり、都市部の高価格帯EVとして訴求力があまりに乏しい。800V充電・500km超の航続距離が当たり前になりつつある今日の市場では、3年以上の開発期間を経てこの水準では競争にならない。
それ以上に大きかったのが、中国メーカーの急進だ。小米はNürburgringのラップレコードを塗り替えながら黒字化を達成し、BYDは車載ソフトウェアでも着実に進化を続けている。「デバイスと繋がる車」というコンセプトについても、小米(Xiaomi)はスマートフォン・タブレット・スマートホームとのシームレスな統合エコシステムを量産EVですでに実現し、華為(HUAWEI)はHarmonyOSを軸にしたスマートコックピットで自社デバイスとの高度な連携を実装している。ソニーが差別化の軸として語れる独自性は、気づけばほぼ消えていた。
だから今回の中止は、遅すぎた幕引きという感覚でもある。
ここから学べることがあるとすれば、「ハードウェアを誰かに依存してソフトウェアで差別化する」モデルの限界だけではない。開発に3年以上かける間に市場自体が別の場所へ移ってしまうリスクをどう管理するか——その問いだ。次にソニーが自動車領域に挑むなら、製造の主導権を自ら持つか、完全に「車は作らない」と腹を括るか、どちらかを明確な意思のもとで選ばなければならない。
まとめ:「日本連合」という夢の終わりと、その先
AFEELA中止は一つの物語の終わりだ。2020年にソニーがVISION-Sで「EVを作れる」と示し、2022年にホンダとの合弁で「日本連合がテスラに挑む」という期待が生まれ、2026年1月にCESで発売前夜を演じた——その全てが、わずか2ヶ月後の今日、白紙に戻った。
3社は今後の事業の方向性を「なるべく早いタイミングで公表する」としている。SHMがこのまま解散するのか、ソフトウェア企業として別の道を探るのか、現時点では不明だ。
言えることは一つだ。EVの競争は「作れるかどうか」の段階をとっくに超えた。「誰が、何を束ねて、どう展開するか」が勝負の本質になっている。その問いに答えられなかったことが、今日のアフィーラの結末だった。
長谷川 孝 / ev-note.jp Tesla Model 3・Model Y・KONA Electric・日産サクラ オーナー


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